山口謠司

お知らせ

何曜日に爪をお切りになりますか?

爪を切る曜日

芭蕉の生誕地、伊賀に来て、ふと自分の爪が伸びていることに気づきました。

旅に出ると、日常では見えなかったものが見えてきますね。山の形、風の匂い、土地の言葉。そして、自分の指先。爪切りは持ってこなかった。買おうと思えば、町のどこかにドラッグストアがあり、数百円も出せば手に入るでしょう。でも、今すぐ切らなくてもよいと思うと、伸びた爪が旅の時間を測る小さな物差しのように見えてきたのです。

今回は、坂倉準三が一九六四年に建てた旧伊賀市役所にお泊まりをしています。かつて市役所だった建物の二階が、今はホテルになっているのです。行政の言葉が飛び交った部屋に、今夜は旅人の寝息が満ちる。建物とは不思議です。用途が変わっても、柱や階段には、そこで過ごした人々の時間が爪痕のように残っています。

坂倉は、ル・コルビュジエのもとで建築を学んだ建築家です。近代建築は、過去を捨てて新しくなることだと思われがちだが、この建物は壊されず、役目を変えて生き延びたのです。人間は爪を切ることで身体を整えるが、爪そのものを捨ててしまうわけではありません。伸びた分だけを切り、また次の時間を生きてゆきます。古い建築をホテルにすることも、それによく似ているのではないでしょうか。

芭蕉もまた、日常から伸び出した余分なものを切り落とし、言葉を極限まで短くした人でした。五・七・五とは、言葉の爪切りかもしれません。しかし、切り詰めたところから、かえって無限の景色が伸びてゆくのです。

さて、爪は何曜日に切りましょう。今日は水曜日。「水」は芭蕉の旅にもよく似合いますね。流れながら形を変え、古いものを洗い、新しい場所へ運んでゆく。伊賀の夜、坂倉準三の建物の中で爪を切る。ぱちん、という小さな音がしたら、それを今回の旅の一句としようと思います。

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