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サルバドール・プランセンシア著『紙の民』

  • 古刊

山口謠司

『紙の民』
サルバドール・プランセンシア著
藤井光 訳
単行本: 284ページ
出版社: 白水社 (2011/7/26)
言語: 日本語
ISBN-10: 4560081514
ISBN-13: 978-4560081518
発売日: 2011/7/26

The People of Paper
by Salvador Placencia
ハードカバー: 256ページ
出版社: Bloomsbury Publishing PLC (2006/11/6)
言語: 英語
ISBN-10: 0747584176
ISBN-13: 978-0747584179
発売日: 2006/11/6

不思議な小説である。
文章の途中に墨塗りがある。インクがかすれてフェイドアウトする部分がある。三段組み、四段組になっているページがある……それに、言葉遊びで意味がいっぱい重なって多重構造の話で音が唸り出す。
なかにスズメバチの話が出てくるのだが、読んでいると、まさにスズメバチの羽音を聴いているような錯覚に陥ってしまう。
たとえば、

プロローグは、つぎのような文章で始まる。

She was made after the time of ribs and mud. By papal decree there were to be no more people born of the ground or from the marrow of bones.
(彼女はあばら骨と泥の時代の後に作られた。法王の布告により、人間はもはや骨の髄や土から生まれてはならないとされたのである)

日本語に訳してしまうと言葉遊びがいっぱいである。

Papal decreeは邦訳では「法王の布告により」と文字通り訳してあるが、スペイン語、フランス語の音でたどれば「紙ねんどで」という意味になる。
「紙の民(The people of Paper)」の誕生を描いたプロローグなので、やっぱり紙の民は紙粘土(Papal de clay)で作られなければならない。

話は……ページの上で繰り広げられる奇想天外な「対土星戦争」の行方は?と、邦訳版の帯には描かれているのだが、その「土星」が何を意味しているのかは、具体的には分からない。

すべてがバラバラになって行こうとする世界を、細い悲しい線がずっと織っていく。悲しいのだがまったく暗さの欠片もない。書こうと思って書けるものでもない不思議な小説である。

こんな世界があるんだということを知るためだけにも、ページを開く大きな価値がある。

できれば、意味が分からない小説なのだから、原書を音読してみてはどうか。
どうしても気になったらちょっと手がかりを得るために、邦訳を横に置いて。

なお、本書はサルバドール・プランセンシアの処女作で、2005年度のサンフランシスコ・クロニクルの年間最優秀図書に選ばれ、世界10カ国語以上に翻訳されている。