山口謠司 plus LAUNCH BOOKS RADIO

『(まんだらぞうし)化気の種』

山口謠司

(まんだらぞうし)化気の種

佐伯法雲編
明治二十一(一八八八)刊(東京、イーグル書房)

「化気の種」とあるのは「柿の種」をもじったものである。
 そうとは言っても、新潟名物の小さな煎餅菓子が生まれたのは大正十二(一九二三)年とされるから、これをもじったものではない。
 果物の「柿の種」という言葉をもじったのである。
 なにを言うかというと、柿の木はあっという間に大きくなり、たくさんの実をつける。こんなふうに、人々が明治の世とともに大きく生長するようにと願って書いた本なのである。
 それでは「まんだら」というのは何かと言えば、「ありとあらゆる面において」ということを表す。
 ただ、真面目すぎると誰も読まない。おもしろおかしく、物の道理を説き、人々を生長に導く。こんなことが書いてある。
 ひとつ例をあげよう。
「今日は好い泣きしお」(「今日は泣くに恰好の日」という意味)という話がある。

 ある田舎に、おじいさんが住んでいた。
 おじいさんは、たったひとりの息子を大都会に勉強にやって独り暮らし。
 すでにもう三年が過ぎるというのに、息子は手紙の一通も寄越さない。
 ところが、ある日、一通の手紙がおじいさんのところに届く。
 息子からである!
 あまりに嬉しく、喜び勇んで、通りに飛び出し、封筒を破って手紙を開けてはみたが、おじいさんは文字が読めない。
 ……なんと書いてあるのかと案じているところに、ステッキを持って、山高帽をかぶり、懐中時計を持った役人と覚しき男が通りかかる。
 役人様ならこの手紙を読んで下さるだろうと、おじいさんは、手紙を持って男のところに駆けより、この手紙を読んで下さいと御願いする。
 ところが、この男も、字が読めない。
 そして男は、自分が字を読めないのだと、おじいさんに言えないで困り始める。おじいさんが、どうぞ、早く、息子の手紙を読んでくださいとせがむのだ。
 男は思う。
 若い頃、親父が書物を買い、教師までつけてくれたのに、自分は遊び惚けて何も勉強をしなかった。今、手紙を読んでくれと頼まれて、自分は手紙さえ読んで上げることができない。なんと不甲斐ないことか。
 こう思うと、ついつい涙が流れ始める。
 すると、それを見たおじいさんは、息子が死んだか、病気に罹ってしまったのだと勘違い。おじいさんまで泣き始める。
 と、今度はそこに、塩を売っている商人がやってきて、泣いている二人を見て、自分もオイオイと泣き始める。
 そこへ、村の長老がやってくる。
 長老は、なぜ泣いているのかとおじいさんに訊くと、おじいさんはこう答える。「自分の息子が死んだか病気になってしまったのです」
 役人らしい男にどうして泣いているのか訊くと、子どものころ勉強しろと言ってくれた親父のことを思い出して泣いているという。
 塩屋に訊くと、じつは昨年の春、母親が死んだが泣く暇もなかった。この前、女房が死んだが、その時も泣く暇もなく忙しかった。いつか泣いてもいい機会があれば、泣きたいだけ泣いてやろうと思っていたが、今日、ここに来てみると、なんだか知らない、お二人が泣いている。それを見たら、今日こそ、泣いてもいいと思ったので泣いていると言ったのだった。

「今日は好い泣きしお」というタイトルに「塩」が掛けてあるのもお分かりだろう。こんな話を聞いて、みんながドッと笑う。
 落語でもなければ、笑い話でもない。
 これは「教導」と言われるものである。
 勉強をして、文字が読めるようにならないと、こんな笑いものになってしまいますよと諭すのである。
 明治三(一八七〇)年、政府は「宣教使」という公職を作る。カトリックのキリスト教を布教していく人を「宣教師」というが、これを真似したものである。宣教使は、たとえば、「今日は好い泣きしお」のように文盲をなくしていきましょうというような話を神社やお寺の境内で話すのである。
 さて、それから二年後、明治五年になると、「宣教使」という名前が「教導職」と名前に変えられる。
 神社に勤める神官と、僧侶は全部「教導職」になれと政府は命令するが、給料は出ない。とにかく、人が集まったら、話をしろというのである。
 何の話をすればいいかと言えば「敬神愛国」「天理人道」「皇上奉戴」であるという。
 分かりやすく言えば、天皇を敬い、神を敬うこと、国を愛すること、家族を大事にすること、文明開化・富国強兵を充実させることである。
 もちろん、いきなりこんなことを神官や僧侶に話せと言っても無理である。
 というので、芝の増上寺に「大教院」というのを設置して、本書に挙げるような話をまとめて全国に配布したりしたのだった。
 
 もうひとつ話を挙げよう。
「奇妙なる禁酒法」というものである。

 ある人、神様に祈って言うに、「もし所願が成就したらならば、一年間禁酒します」
 と、願いが叶ったので、二か月余り酒を飲まなかったが、人が飲んでいるのを見ると自分も飲みたくなってしまう。
 そこで神様に誓って言う。「神様、私は一年、禁酒すると誓いましたが、やっぱりダメです。昼間は決して飲みませんので、夜だけは許してください。その代わり、禁酒の期限を二年に延ばします」
 ところが、しばらくして、昼間仲間の宴会に出ると、みんな、昼から酒を飲んでいる。
 男は、神様に向かって言う。「神様、ごめんなさい、昼もやっぱり飲まずにはいられません。昼も夜も飲みますが、その代わり、禁酒の期限を四年に延ばしておくんなさいませ」

 本書には、こんな話が、百五十二本載っている。
 明治政府は、こんな馬鹿な話をみんなにさせて、全国に「敬神愛国」「天理人道」「皇上奉戴」を普及していったのである。