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『大きな木』

  • 古刊

神亜莉沙

「木はしあわせでした」
本書の中で数回出てくるこの言葉に、私はとても考えさせられた。

しあわせ、とは何だろうか?
恋人といる時、美味しいご飯を頬張る時、そして好きな音楽を聴いている時…。人それぞれしあわせを感じる瞬間は当然異なるだろう。
では、もう1つ質問。
他人のしあわせを心の底から喜べますか?
私はこの質問をされたら、胸を張って「はい」と返答することができない。なぜなら、本当のしあわせを自分自身が見つけていないから。

私は他人のしあわせそうな姿を見ていると何だか虚しくて悔しくて、自分もこうなるはずだったと怒りが込み上げてくる。
よく「人の不幸は蜜の味」と言うが、私はその蜜を何度も舐めている。その舐めた物が「心」という名の瓶の中に溜まると、不思議なことに体内から幸せが消え去っていく。溜まった蜜はドロっとへばり付きなかなか消え去らず、瓶の中に残ったまま。こうなると生きづらくなってしまうのは言うまでもない。

しかし、この話の中に出てくる木は自分の身を犠牲にしてまで大人へと成長していく少年の要求に応え、終いに木は切り株という惨めな姿になってしまう。それでも木はしあわせを感じているのである。

私は木のしあわせの基準が、自分ではない少年に向けられていることに心が締め付けられた気分になった。この木の生き方そのものが私とは正反対で、恥じらいを感じたからかもしれない。
誰かのしあわせを考えられる人は自分の芯をしっかり持ち、本当のしあわせというものを理解している人。恐らくあなたの近くにも、このような人がいるはずだ。

ある先生がこんなことを言っていた。「大人になるにつれ出来ることは増えていくが、出来なくなることも増えていく」と。
人はライフステージが上がるにつれ、他人を想うことが出来なくなっていくように思う。様々な経験を積み木のように積んで行くうちに、「欲」というものが出てくるのが要因だと考えられる。
だからこそ、どんなに忙しない日々を過ごしていても1度立ち止まって、相手の気持ちに寄り添う時間を作るべき…そんなことを考えさせられた1冊だった。

作者:シェル・シルヴァスタイン 訳者:村上春樹
発行所:あすなろ書房
発行年:2018年10月20日