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『三遊亭圓朝の明治』

  • 古刊

大平信行

『三遊亭圓朝の明治』
新書: 197ページ
出版社: 文藝春秋 (1999/7/19)
言語: 日本語
ISBN-10: 4166600532
ISBN-13: 978-4166600533
発売日: 1999/7/19

映画『ウォッチメン』から印象的なシーンをひとつ。
冒頭、ボブ・ディランの『時代は変わる』を流しつつ、物語におけるヒーローの系譜がスライドショーとして映し出される場面。
派手なコスチュームに身を包んだヒーローたちが、ケネディ暗殺やベトナム戦争などの歴史的事件とリンクされつつ、やがて結婚を期に引退する者、命を落とす者、地位や権力に迎合してヒーローの在り方を捨てる者、様々描かれていく。そこから、ヒーローはいなくなった、残ったのはヒーローだった者と、まだ自分をヒーローだと信じる狂人だけ……と、物語は始まっていく。
とにかく選曲が素晴らしい。何が後世には評価されるのか、善悪は時代によって変わるのだという強烈なメッセージが、このワンシーンにひどくマッチしている。
そんなボブ・ディランがノーベル文学賞に選ばれるのだから、文字通り、『時代は変わる』のだろう。反体制の代名詞のようだった男なのに。

『時代は変わる』といえば、
三遊亭圓朝のことを忘れてはおけない。
圓朝は幕末から明治にかけて活躍し、
落語中興の祖として名高い人物。
圓朝まつりなんて催事の名前にもなっている。
その一方で、彼が自身の噺を文字として書き起こした速記本なる形式が、二葉亭四迷に影響を与え、言文一致運動という歴史的な大事業に一役を買った、日本の偉人である。
正に変わっていく時代の中で、との形容が似合う。

ただ、これほどの大物になってくると問題になるのが、「過度な」美化である。
エイブラハム・リンカーンのインディアン差別、トーマス・エジソンがしたニコラ・テスラへのネガキャンなど、偉人のマイナスな側面はあまり語られない。
圓朝とて、人物以上に名前が大きくなった感は否めない。
今の噺家連中は知っていようか?
若き日の圓朝を襲った師との不和、女性問題、寄席改革の頓挫、弟子の対立、落語でないものが客を呼ぶ現状とその歯痒さ、あるいは息子の不義理。
薩摩長州の田舎者が我が物顔で闊歩する東京にあって、江戸っ子の意地と『文七元結』なんて噺をこさえながらも、結局は権力と折り合いをつけていく。
高潔な人間とは言いがたい。
後の名人・六代目圓生は、
「噺家は落語以外の仕事をすると芸が荒れる」
と嘆いた訳だが、それなら圓朝も荒れに荒れている。
絵を習っていたときも、また落語から離れたときも、ある人が縁で禅に傾倒したかと思えば、その人の死を期に身延山信仰に心が移ったり。

本著『三遊亭圓朝の明治』は、
禅の世界で師匠と仰いだ山岡鐵舟、息子の朝太郎、弟子でありながら師とは真逆の方向に歩み出した男・初代三遊亭圓遊らとのかかわり合いにも触れつつ、
より圓朝個人に着眼点を置いた話となっている。
論文調の固い文体が合う合わないはあろうが、
近代落語の黎明期を知る上で重要な資料といえるだろう。

まもなく、また『時代が変わる』。
平成から次の元号へ。私が次に書評を書くときは、もう平成じゃないかもしれない。
一体どういう風に変わるのか、まだ見当もつかないが、中村草田男よろしく「平成は遠くなりにけり」と、宣う日が来ることには違いない。
そんな今だからこそ、
三遊亭圓朝とは、と語っておきたくなる。